2011年04月17日

Under The Dome

Under The Dome 入稿.jpg
そして、また新たな夜がチェスターズミルズに訪れようとしている。<ドーム>のもとでの新たな夜が。
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Under The Dome

Pink Ster.jpg
「ピンクの星が筋をつくって降ってるよ」「これって世界のおわりなの?」
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2011年04月16日

Under The Dome

I see the Bad Moon Lising.jpg
町の東の雲から顔をのぞかせた巨大な満月が見える。色といい形といい、ざっくり切ったばかりのピンクグレープフルーツそのままだ。
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2011年04月15日

Under The Dome

住宅街.jpg
小ぎれいな住宅がならんでいるイーストチェスターの新興住宅地のほうをずっとふりかえっていた。明かりが消えている家がほとんどだった。家に発電機がないか、あるいは燃料を節約しているのだろう。
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2011年04月14日

Under The Dome

小川.jpg
背後からプレスチール川のせせらぎがつぶやき声のように聞こえていた。北西からチャスターズミルに流れ込んでいるこの川は、途中をドームにさえぎられてしまったため水位が低下していた。
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2011年01月18日

小堀遠州

小堀遠州という名を聞いたのは、多分二〇代の頃。日本庭園のデザイナーとして記憶していた。
しかし、なんで名前が僕の故郷の「遠州」なんだろうと?ずっと、気になってはいた。
小堀遠州1.jpg
でも、昨年こんな本を読んで全てが氷解した。
本名は小堀政一。駿府城普請奉行、つまり静岡市にあった駿府城の建設を任され、以後小堀遠州と呼ばれるようになったという、、、。
 しかし、その多彩ぶりたるや凄まじい。
まづ、千利休の後継者としての茶人であり。桂離宮の設計者であり。多くの日本庭園の作庭家でもある。
近年茶の湯の人気が高まったり、ブルーノ・タウトが激賞した桂離宮の再評価が建築界で高まったりで、数々の出版物が出ているが、利休のように映画や小説になったり、織部のように漫画化されたりはしていないので、
一般的にはそれ程知られていない。
 さて、僕の生まれた現牧ノ原市の隣町、島田市に「茶の郷」という施設があり、そこに遠州の茶室と庭園を再現したものがあるとの情報をネットで見つけたので帰郷の折尋ねてみた。
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抹茶とお菓子でもてなしてくれる。器はこれも故郷の焼き物「志都呂焼き」。
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にじり口からの庭の様子。
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遠州好みの特徴でもある、砂刷り天井。利休のものより明るめで軽いニュアンスが「奇麗さび」と呼ばれる所以。
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庭園にある東屋の天井が成る程桂離宮を彷彿させる。
しかし、灯台元暗しとはこの事、今の今まで全く知らなかった。
地元の人に聞いても誰も知らない、、、。
先日の小布施の北斎館の様に、日本の地方には日本人が知らない貴重なお宝がまだまだ有るような気がして来た。
小堀遠州6.jpg 
これは、我が家に昔からあった志都呂焼きの壷。
子供の頃は「なんか真っ黒い地味な花瓶」と思っていたけど、もしかしたら貴重なものかもしれない、、、。
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2011年01月13日

文春文庫の新刊。

文春文庫新刊.jpg
文春文庫の最新刊です。大沢さんの「魔女の盟約」は去年出た、「魔女の笑窪」の続編となります。「魔女の笑窪」をお読みになった方は引き続きどうぞ。今回は、韓国、中国、日本を舞台に主人公の水原と白理(バイリー)が闇組織に立ち向かうお話。この物語の中の記憶に残ったせりふ。「金持ちになるには決まった方法しかない、1,人より努力する。2,人より運が良い。3,人より悪い事をする。」なるほど、、、、。
折原さんの「漂流社」は15年程前に出たものを今回文庫化したものです。表紙の絵からもわかるように、延々海ばかりの風景がづっと続きます。

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2010年12月24日

Merry X'mas

メリークリスマス1.jpg
メリークリスマス.jpg
「Merry X'mas 」僕の絵本「ちいさなまち」を買って下さった方々。有り難う御座いました。
第二弾の絵本に取りかかっておりますが、本年中は中々時間を確保する事ができずに月日が流れてしまいました。
来年こそ出版出来るよう頑張りますのでお待ち下さい。
また、まだ購入されてない方々、お話のラストではこんな絵が用意されています。ご家族に、恋人に、プレゼントに
迷った時は是非。テンペラ絵の具と油絵の具を時間をかけて塗り重ねた、食べて無くならないケーキです。
では、皆様良い週末を、、、、、。
posted by 新策論 at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月22日

葛飾北斎

 もしもヴィム・ヴェンダースがいなかったら小津安次郎は今日のように世界的に有名にならなかったかもしれない。
同様に、葛飾北斎も、もしもゴッホやモネがいなかったら無名の画工のままだったかもしれない、、、。
北斎1.jpg
今や、この絵を見たら日本はおろか世界の人が北斎と認識しているだろう。

しかし、日本で広く知られるようになったのはヨーロッパでジャポネスク運動が起こったからであり、生前は貧しく晩年は、ここ小布施村の豪農商高井 鴻山の元で屋台に意匠を施したり、 鴻山に絵を教えながら暮らしていたと言う。
北斎2.jpg北斎3.jpg
これが晩年の北斎が過ごしたアトリエ。世界的な画家の仕事場とは思えない質素な家だ。
北斎4.jpg
これは鴻山記念館で頂いた画稿。
北斎が鴻山に絵の描き方を指南するために作った、教則本というか言わば塗り絵。
菊の花の線描の脇に塗る絵の具の色が指定してある。
鴻山は北斎の事を「先生」と呼び。北斎は鴻山の事を「旦那さん」と呼んでいたという。

時々呟いています。Twitterはhttp://twitter.com/#!/Shinsakuron
posted by 新策論 at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする