2011年10月25日

おかげで国産車?

ふと気がつけば十月も終わりに近づき今年も余すところ僅か約二ヶ月。このブログなんと四ヶ月もほっぽっておいた事になりますが皆様お変わりないでしょうか?六月に入院して一ヶ月程休むはめになったので、その後はたまっていた仕事を片付けて行くのが精一杯。ツイッターで一日何回か呟くのがやっとで、正直なところブログを書く余裕がありませんでした。
 ただ、身体の方は御陰さまですっかり回復して退院後血糖値を抑えるため打っていたインシュリンも先月で終了し、入院時に9,2もあった血糖値ヘモゴロビンA1cも今は4,9まで下降しました。
 はっきり言って医者も僕自身もこんなに早く健康体になれるとは予測していなかったのですが、一つには手軽に血糖値を計測出来る機械が出来たり、無痛針が開発され自分でインシュリン治療が可能になった事。また新しく開発された薬品の威力などによるところが大きいと思います。
 後は比較的早く日々の運動を再開したこと。また、毎日の食事の影響もあるようです。食べ物は入院した際のメニューに習ってなるべく日本の定食みたいなもの。一汁一菜+魚とか肉みたいな献立を選んでいるんですが味噌とか納豆みたいな発酵食品って身体に良いみたいですね。
 まあ当然の事ながら糖尿病治療なわけですから甘いものは全て御法度。ジムで飲むものもスポーツドリンクから今は水に変えましたが。慣れてしまえば新たな日常。ニューノーマル(笑)。健康も病気も生活習慣から来るものなんだなと実感しています。
 多分人が日々口にするもので最低限必要なものは、朝、昼、晩の三度の食事でその他のおやつとか煙草とかは惰性の習慣のようなもの。無くてよいものなんだと思います。
 例えばその昔ケーキといえば、バースデイとかウエディングとかクリスマスみたいな特別な日に頂くものだった。それが日常茶飯事になってしまった現代がむしろ異常で、そんな風潮に流されても結果として人は幸福にならないような気がします。
 なんて言うとなにかすごくストイックな生活をしている修行僧みたな生活を想像されるかもしれませんが、毎日欠かさずお酒は頂いていますし、時には甘いもの食べます。只、入院時に胃が小さくなったのか、意外にすぐ満腹感に満たされる。言わば燃費の良い国産車的な身体になったかなと思う今日この頃であります。
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2011年06月23日

入院、そして手術。

ツイッターをご覧になっている方々はすでにご存知と思いますが、先月5/21頃から寝込みその後5/27に広尾の日赤に入院し6/9に手術をし6/13に退院し今は自宅療養中です。
しかし、どこが悪くて何の手術を受けたのか?の説明が今だなされていないので、「一体何だったの」と思われたまま今に至る方から何回か質問を受けました。
入院中はどうもその辺の事を説明する元気が無かったのと、ツイッターでは文字数が少なかったので、とうとう説明せずに終わってしまいましたが、ご心配なさって下さった方にここで時系列的にご説明しようかと思います。

事の始まりは一ヶ月前の深夜から始まりました。
5/21(土)寝ていたら右の背中が痛くなり、布団の上で寝返りを打ったりしながら身の置き場が無い感じで
朝を迎える。当然、仕事がらの疲れと思い昼過ぎには針治療にかかり、しばらく休んでいたら大分良くなったので夕方
銀座に行き、夜は下北で食事。

5/22(日)朝ご飯を食べてからビデオを見ていたら、また、背中が痛くなり我慢出来なくなり寝込んでしまう。
胃も気持ち悪くて何も食べる気がしない。しかも、この日は誕生日だった。(笑)

5/23(月)朝起きたら背中だけでなく、お腹も痛い。これはどうやら筋肉痛ではなく内臓に関係あるんじゃないか?という思いに至りタクシーで広尾の日赤に行く。声も出ないくらいの状態なので妻に同伴してもらう。消化器科にかかり、血液検査、胃カメラ、エコー、心電図などなどを受けるが原因は明かされずとりあえづ痛み止めと胃の薬をもらい帰宅。

5/27(金)自宅療養後再び日赤へ、血液検査の結果炎症濃度という数値が以上に高い事が判明。痛み止めの薬が効いていなかったら多分激痛が走るであろうとの事。さっそくCTスキャンを受けた結果、胆のうが酷く炎症していて、管に胆石が詰まっている事が判明。即、入院となる。部屋に着くとベッドごと運ばれて手術室へ、応急処置として、腹壁から細い針を刺して胆嚢のなかにたまった胆汁を体外に排出する外科的処置(経皮経管胆嚢ドレナージ術)を受ける。その後2週間程、その状態で安静を保ちつつ血糖値の調整などが続く。
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6/9(木)ドレナージ術によって一旦痛みが収まったところで、今度は腹腔鏡手術によって胆のうを摘出する手術を受ける。
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6/13(月)身体にまとわりついていた管も外れ、後は自宅療養という事で一応退院。

6/21(火)丁度寝込んでから丸まる一ヶ月になる。退院後の検診という事で再び日赤へ。摘出した胆のうに悪性の
がん細胞などがないか調べた結果全くそういう心配は無いとの事。胆嚢炎の手術後の経過は良好であるが、血糖値が高いので、インシュリンを打ち血糖値を低くする治療を続行する。
一日に三度血糖値を計測し、インシュリンを打つ。ただ、この事によって低血糖を引き起こし体にだるさを感じるので、術後の運動がままならないのがジレンマ。

と、これがここ一ヶ月の推移で、まだ、もとの様にジムに行って運動をしたり出来る状態ではありませんが、まあ、気長に少しづつ回復を待つ状態です。ツイッターをご覧になって心配なさってお言葉をかけて下さった皆様にはここでお礼を言わせて頂きます。「ありがとうございました。」
posted by 新策論 at 11:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

藤田新策イラストレーション展

さて、本日より藤田新策イラストレーション展を開催します。会場はギャラリーハウス・マヤの二つの会場。表の道に面した部屋は絵本「ちいさなまち」の原画とフャンタジー系の装画を20点。裏の半地下の会場マヤ2ではスティーヴン・キングや宮部みゆきなどの装画を30点、合計50点のテンペラと油彩で描いた作品が展示されます。

また、一週間後に発売が迫ったスティーヴン・キングの超大作「アンダー・ザ・ドーム」の原画、及び見本が展示されます。

インソムニア.jpg
また、「アンダー・ザ・ドーム」の後に文庫化の出版が控えている「インソムニア(不眠症)」のポストカードを御来場の皆様にプレゼントします。
くわしくはこちらからhttp://www.gallery-h-maya.com/maya-tres/fujitashinsaku/
posted by 新策論 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

MASSIVE ! ! ! UNDER THE DOME ! ! ! !

Under The Dome2.jpg
Under The Dome1.jpg
MASSIVE ! ! ! UNDER THE DOME ! ! ! !
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2011年04月17日

Under The Dome

Under The Dome 入稿.jpg
そして、また新たな夜がチェスターズミルズに訪れようとしている。<ドーム>のもとでの新たな夜が。
posted by 新策論 at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Under The Dome

Pink Ster.jpg
「ピンクの星が筋をつくって降ってるよ」「これって世界のおわりなの?」
posted by 新策論 at 05:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

Under The Dome

I see the Bad Moon Lising.jpg
町の東の雲から顔をのぞかせた巨大な満月が見える。色といい形といい、ざっくり切ったばかりのピンクグレープフルーツそのままだ。
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2011年04月15日

Under The Dome

住宅街.jpg
小ぎれいな住宅がならんでいるイーストチェスターの新興住宅地のほうをずっとふりかえっていた。明かりが消えている家がほとんどだった。家に発電機がないか、あるいは燃料を節約しているのだろう。
posted by 新策論 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

Under The Dome

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背後からプレスチール川のせせらぎがつぶやき声のように聞こえていた。北西からチャスターズミルに流れ込んでいるこの川は、途中をドームにさえぎられてしまったため水位が低下していた。
posted by 新策論 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月18日

小堀遠州

小堀遠州という名を聞いたのは、多分二〇代の頃。日本庭園のデザイナーとして記憶していた。
しかし、なんで名前が僕の故郷の「遠州」なんだろうと?ずっと、気になってはいた。
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でも、昨年こんな本を読んで全てが氷解した。
本名は小堀政一。駿府城普請奉行、つまり静岡市にあった駿府城の建設を任され、以後小堀遠州と呼ばれるようになったという、、、。
 しかし、その多彩ぶりたるや凄まじい。
まづ、千利休の後継者としての茶人であり。桂離宮の設計者であり。多くの日本庭園の作庭家でもある。
近年茶の湯の人気が高まったり、ブルーノ・タウトが激賞した桂離宮の再評価が建築界で高まったりで、数々の出版物が出ているが、利休のように映画や小説になったり、織部のように漫画化されたりはしていないので、
一般的にはそれ程知られていない。
 さて、僕の生まれた現牧ノ原市の隣町、島田市に「茶の郷」という施設があり、そこに遠州の茶室と庭園を再現したものがあるとの情報をネットで見つけたので帰郷の折尋ねてみた。
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抹茶とお菓子でもてなしてくれる。器はこれも故郷の焼き物「志都呂焼き」。
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にじり口からの庭の様子。
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遠州好みの特徴でもある、砂刷り天井。利休のものより明るめで軽いニュアンスが「奇麗さび」と呼ばれる所以。
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庭園にある東屋の天井が成る程桂離宮を彷彿させる。
しかし、灯台元暗しとはこの事、今の今まで全く知らなかった。
地元の人に聞いても誰も知らない、、、。
先日の小布施の北斎館の様に、日本の地方には日本人が知らない貴重なお宝がまだまだ有るような気がして来た。
小堀遠州6.jpg 
これは、我が家に昔からあった志都呂焼きの壷。
子供の頃は「なんか真っ黒い地味な花瓶」と思っていたけど、もしかしたら貴重なものかもしれない、、、。
Twitterはhttp://twitter.com/#!/Shinsakuron
posted by 新策論 at 11:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする