2011年12月14日

社家町

地価というのは需給関係によって決まる。簡単にいうと人気のある土地は値段が上がり、そうでない場所は下落する。だからその時々の人が何を望むかで地価は変動する。人々が便利を優先すれば駅やコンビニに近い事が価値をもつが、しかし、少し歩いたほうが健康に良いのではという風潮になれば駅近はさほど価値が無くなるかもしれない。
 さて、今までの日本人といえば、利便性ばかりが重要視され急行が止まるとか駅に近いとかにこだわり、その場所が美しいとか風情があるなんて事はあまり地価に反影されなかったような気がする。
というか日常の語彙の中に「情緒」とか「風情」なんて言葉が存在しなかったといってもさしつかえないかもしれない。
豊かさの尺度がいつもFullでMoreな状態。最新の家電とか食べ物に囲まれていさえすればしあわせという。
ただ、そんな日本人のマインドにも少なからずも変化が訪れているような気がする。
近頃よく耳にする「断捨利」とか「ダイエット」なんていう言葉には「腹一杯」より多少なりとも「美」を優先しようという意思が感じられる。Moreも良いけどLessも良い。足し算も良いけど引き算も良いというふうに変化しつつあるかもしれない。
 これはもしかしてBigとかJumboを良しとするアメリカの影響が薄れて、かつての日本人の中にあった清潔で簡素な美を取り戻したいという願望のあらわれかもしれない、、、。
なんて事を考えたのは上賀茂神社に向かうタクシーの道すがら、やけに新しい家やマンションが目立ったので運転手さんに尋ねたところ、「1割が今までいた人達で9割が新しく移り住んで来た人達ですゥ」という答えが返ってきたからだ。
つまり多くの若いファミリー層がこの土地に引き寄せられているというのだ。理由は「地下鉄にのれば町中へのアクセスも良く町中より空気がきれい」という事らしいのだが、社家町(しゃけまち)と言って神社に使える人達が住んだ社家が点在する上賀茂神社付近はとりわけ不思議な懐かしさと美しさに包まれている。
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神社から流れ出るきれいな水が
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家々の前を流れ、人々は橋を渡って家の玄関に至る。
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流れがカーブした所に立つ大きな楠が風景に変化を与えている。
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ススキと雑草に覆われた橋の家、どうやら廃屋ではなく詫びた野趣の演出のようだ。
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良い感じにエイジングが施されたサーモンピンク(シャケ色)の壁。
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家々の軒先にも魅力的な細部が、、。
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とにかく水の流れる音を聴きながら歩いているだけでしあわせな気持ちに浸れる不思議な魅力をもった
町なのだ。





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2011年12月13日

大原

さて、四条から地下鉄に乗り国際会館前で下車。そこから20分程タクシーに乗ると大原。三千院の入り口脇の温泉宿へ。
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旅館の庭に初雪がちらほら、、、。
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荷物を置いてお茶を飲んでから三千院へ。
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谷崎は四十代の後半に京都に移ってあのエッセイ「陰影礼賛」を書いた。
西日が障子スクリーンに映し出す木の影が墨絵の様。
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紅葉シーズンも終わり団体客もいないので西日が沈んで行く様をのんびりと眺める事が出来る。
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苔の庭。
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配された石のパターン。
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終わりかけた紅葉。
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水の流れるBGMも心地よくじっと佇んでいても飽きる事はない。


「David Bowie Moss Garden」ふと昔聴いた曲を思い出す。
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2011年12月12日

京都+温泉

ヨーロッパや京都のような町はただ歩いているだけで楽しい。でも宿に帰って歩き疲れた身体を温泉でリフレッシュ。などという願望は叶えられる事はない。一方、日本の温泉町は温泉自体は素晴しくても、一旦宿を出ると寂れたスナックとか射的などひたすら廃虚化一歩手前の風景に出くわし、いそいそと退散する事しばしば、、、。
 さて、「京都+温泉」という理想のパターンはないものかと、試しにパソコンを叩いてみたらこれがあった。
京都の町中から山の方へ行った所。嵐山とか大原の辺りに幾つか温泉が点在してた。やはり「京都+温泉」という希望は多いのだろう。ここ何年かで幾つかの旅館が共同出資して地面を掘ったのだそうだ。温泉としての歴史も知名度も浅い訳だから温泉自体に過度の期待は出来ない。でも、温泉は素晴しいが御飯がまづい、付近が廃虚というパターンよりは絶対良い。
 てなわけで、先週末いきなり京都に行って来た。井の頭線を渋谷で山の手線に乗り換え品川でのぞみに乗れば後はうたたねをしている内に着いてしまう。ほんと早いのだ。朝八時に出れば午前中の内に京都。
さて、京都駅から地下鉄に乗ったがどっかでランチっていう事で大丸の近くで降りる。
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェラ薬局の支店がやってるカフェへ。いきなり行ったので一時間待ちと言われた。薬局の方に荷物をあづかってもらって近くの錦市場をぶらぶら。
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漬け物。おでんだね。味噌。生麩。包丁や鍋。などなど。食材や雑貨を眺めているだけで全然飽きる事はない。
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こんな風に試食用の食材が所狭しと並べられて「食べなはれ」と勧められる。気をつけないとこれだけでご飯前にお腹一杯になりそう。

さて、サンタ・マリア・ノヴェラ薬局の京野菜を使った軽めのイタリアンのランチ。
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かぶのポタージュ。
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京都の冬といったら蕪蒸しってくらいで、前菜にも何種類かのかぶが、、、。
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白菜のカルボナーラ。
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プティトマトの上に乗っているおこげがユニーク。
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ドルチ。
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でもなんとっても一番美味しいのはタマネギを練り込んだフォッカチャ。
てなわけで、続きはまた。
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2011年11月17日

新装版「呪われた町」

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ようこそSalem's Lotへ。ようこそ呪われた町へ。
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2011年11月16日

呪われた町

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「物語を語るのはいいものだ。聞きたがってくれる相手がいる場合はなおさらだ。「呪われた町」は、いろいろ欠点はあるにしろ、悪くない物語だと思う。怖い物語でもある。もしまだ聞いたことがないのなら、いまから話てさしあげよう。もし聞いたことがあるのなら、もいいちど聞いてみてほしい。だから、テレビを消して。ついでに、お気に入りの椅子を照らす明かりだけを残して、それ以外の照明もぜんぶ消してしまったらどうかな。そうして、薄暗がりの中で、吸血鬼の話をしようじゃないか。ほんとうに吸血鬼がいると信じてもらえる自信はある。この本を書いていたとき、ぼくは自分でも吸血鬼を信じていたんだから」-Stephen King。
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2011年11月14日

Jerusalem's Lot

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丘を登りつめると、道の両側が後退して、町の全貌が見えて来た。

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しだいに濃くなってゆく紫色の夕闇が、空から太陽光線を濾しとり、間もなく霧が漂い始めるころあいだった。

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丘を下る二人の上に夜の闇が落ちかかり、二つの影が街灯の灯りの中で伸びたり縮んだりした。
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SALEM'S LOT

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彼は三つの墓地の中でハーモニー・ヒルが一番好きだった。スクールヤード・ヒルほど古くはないが、木陰が多くて快適だった。
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「あの家は丘の上に立って、いわば、ある種の暗い偶像のように町を見下ろしていますからね」
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2011年11月10日

Running music

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 80年代の初頭ウォークマンの出現は革命的な事件だった。それまで家の中で聞くものだった音楽を外に持ち出してしまったのだから。散歩しながら、通勤の途中で、車窓からの景色を眺めながら音楽を効くシチュエーションが増えたのだからそれに伴い作られる音楽にも当然変化が現れた。ウォーキング・テンポなんて言葉もその頃から一般的になったのかもしれない。
 さて、それから30年も経過すると世は21世紀。ウォークマンの何分の一かの容量に膨大な音源を入れられるiPodの登場だ。
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これは、iPodをadidasの小さなバッグに入れて左腕に付けて使うもので,もはやRunnninng Itemとなっている。僕の場合iPodは日常生活の中で音楽を楽しむためのツールではなくRunning ShoesやT シャツと同じ運動の為の一つの道具なのだ。
さて、その中に込められている音楽だが、これもやはり日常の中で普段聴いている音楽とは全く違う。普段家で聴く音楽がListening musicならここに入っているのはRunning musicなのだ。

このDoc Scott の「Tokyo Dusk」を聴いてもらえれば分かると思うが、つまり
Listening musicがリラックスとか癒しを目的とした音楽ならば、Running musicとは
発汗とか燃焼を目的とした音楽なのだから、Cafeなんかで流れていたら「気ぜわしない、うるさい」って言われるくらいが丁度良い。
色々試したけれどやはりテクノとD&BみたいなBPMの早いものでないとだめなのだ。
さて、音楽というものは長い歴史の中でその時代のニーズに答えながら変貌して来た。
教会の為の音楽。舞踏会の為の音楽。ディスコやクラブの為のダンスミュージックと。
そして、もしかしてマラソン人工がクラブ人工を追い越しているかも知れない現代。
世界は新しいRunning musicを求めている。
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2011年11月09日

アーツ・アンド・クラフツ運動

 僕のツイッターのタイムラインには限定版の手作り絵本とか手芸、料理の話題が溢れている。人は現実世界のデジタル化が進めば進む程バランスをたもつ為に反比例して「手作り」の世界に向かうのかもしれない。かつて「産業革命」によって大量生産が進む中、ウィリアム・モリスが手仕事の大切さを主張したが、もしかして今「デジタル革命」の中で同じような現象が起きているのかもしれない。
 「Arts and Crafts Movement」


その昔ヴィクトリア朝のイギリスでは産業革命の成果により工場で大量生産された商品があふれるようになった。しかし、その反面職人は労働の喜びを失い。手仕事の美しさも失われてしまった。モリスは中世に憧れてモリス商会を設立し、インテリア製品や美しい書籍を作り出した。生活と芸術を一致させようとするモリスのデザイン思想とその実践(アーツ・アンド・クラフツ運動)は各国に大きな影響を与え、20世紀のモダンデザインの源流にもなったといわれる。
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冬支度

 何年か前ベルリンに行った時の事。デパートでソックスを買おうとしたら店員に「足のサイズは幾つ?」と聞かれた。
「いや、靴じゃなくて靴下を買いたいんだけど」と言おうとして、待てよと考えた。
例えばドイツ人はジョッキに生ビールを注ぐ際も、印刷された目盛りを睨みながら寸分も狂わずピタっと注ぐ。
真面目で正確さを大切にする国民性なのだ。もしかしてソックスにも靴みたいにサイズがあるのかも?と、、、、。
そう、ドイツのソックスは日本の昔の足袋みたいにサイズ指定がある。フリーサイズじゃない。
おまけに封を開けると変な箇所にワンポイントマークが、、、。
いや、RとL。右と左という印なのだ。
そのせいで暖かく、走っても全然ずれる事もない優れもの。
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このFALKEのソックス今は日本でも人気みたいで下北沢の商店街でも売ってる。
取りあえず風邪の予防は足元から。
クリスマスのプレゼントにも良いかもね
posted by 新策論 at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする