2011年10月28日

猫のしっぽ、かえるの手

 「猫のしっぽ、かえるの手」という番組を時々見る。京都大原の里山で手作りの魅力的な生活を送っている方のドキュメントなのだが。この番組を見ていてふとこれから日本の女性の間にある価値観の変化が訪れるんじゃないかと思ったりする。
 
 戦後日本において女性にモテる男の条件はというと多分「多少性格やルックスが悪くても、稼ぎが良い男」という事が一番需要ではなかったか?何故稼ぎが良いのが好かれたかって、それは単純に欲しい物を手に入れるためのお金を家に運んでくるからなんだけど、、、。

 なんか、これからは欲しい物を買う為のお金を運んで来るんじゃなくて、欲しいものを作ってくれる、また、一緒に作ってくれる男がモテるようになるんじゃないか?なんて思ったりもする。

つまり、「欲しい物を手に入れる為のお金を稼ぐ男」から、「欲しいものを作ってくれる男」への変化。

それには幾つかの理由があると思うんだけど。

まづ、
1,誰もが持っている大量生産品(例えば建て売り住宅とか車やバッグなどの小物に至るまで)に昔程魅力を感じなくなっていて、
人と違うものカスタマイズされたものとかオリジナルのものに魅力を感じる様になっている事。
2,なんでも買って使い捨てるという高度成長期以後のアメリカ的消費の中で忘れてしまった、ものを作る素朴な喜びに再び回帰しつつある事。
3,そして、「今日、石ころだらけの畑をこれだけ耕した」とか、「今日、ここまでマフラーを編んだ」とか別に誰が評価をしてくれるわけではないし自慢する訳ではないが、これだけ出来た自分でやったという単純な「達成感」が結構重要であると気づき始めたこと。

しかし、「既存の物を消費する快楽」が「自分だけの世界を作る喜び」に移って行くとするとそれを実現する為の舞台にも大分変化が訪れるような気もする。

既製品を買うならば、そのショッピングの快楽を演出する為のデパートのような場所、つまり東京のような都会が相応しい。
しかし、逆に欲しいものを一から作ろうと考えると素材が無料に近い状態で沢山ころがっている田舎の方が相応しい。

よく地方に行くと現地の方が決まって「何にも無い田舎ですが」なんて言葉を口にするが、確かに田舎にデパートはない。
でも、何かを作る為の素材には事欠かない。欲しいもの作る為の知識とセンスと体力があれば、生け花から家具から料理からクリスマスリースのような装飾品の素材に至るまでかなりのものが只で手に入る。

また、子供のいる家庭では欲しいものを金で買い与えるより、オモチャであろうがおやつであろうが一緒に作った方が教育的にも望ましい事は言うまでもない。

なんか、勝ってな想像だけど、ちょっと価値観が変わるようなそんな時代に差し掛かっているような気がする今日この頃。


posted by 新策論 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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