2011年12月16日

おばんざい

京料理というとビジュアル的にも美しく繊細で手間のかかったものを想像する人が多いかもしれない、
でも、それは料亭とか特別の場所で出す懐石料理の話で普段の家庭料理といえば気取りの無いおばんざい(お番菜)だ。番傘、番茶というように番とは普段のという意味(ちなみに、「おばんどす」は今晩はの意味だけど)。
 また、おばんざいの中でも煮物のことを「たいたん」と言う。炊いたん。炊いたもの。という事なのだが、近頃雑誌などで良く目にする「ほっこり系」といえばおばんざいがニュアンス的にぴったりのような気がする。
 先斗町にあるおばんざいと抹茶や和風スイートを出すお店で、「たいたん適当に見つくろって」と言ったら
こんなんが出て来た。
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菜の花、茄子、おじゃこと万願寺とうがらし、さば。
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湯葉とかぼちゃのたいたん。
 実は大のおばんざいファンで家にもレシピが何冊かあって自分でも作るし、外でも食べたいのだが東京では今ひとつ普及していない。健康にも良さそうだし、やればきっとうけると思うんだけど。
昆布と鰹節でだし汁さえ作っておけば、あとは野菜を切って醤油や酒で味付けして適当に煮込めばたいたんの出来上がりなのだから、、、、。
しかし、このお店なんで居酒屋とスイーツが同居しているのか?と尋ねたら、、。
居酒屋だけだと、高齢化社会の憩いの場になってしまい、なんにも注文せず何時間もいる人が結構いるそうだ、
そんな時にガイドブックをもった若い女子が入って来るとガラリとみせの空気が変わり、席を空けてくれるのだそう。
どんな、商いにも悩みは付きものなのだ。
杜氏.1.jpg
ところで、話は変わるがここで飲んだ日本酒がかなり美味かったので尋ねたら、こんな見かけないラベルのお酒が出て来た。
店主の話によるとカリスマ的な杜氏が仕込んだお酒なんだと、、、。
杜氏ってサッカーに例えたら監督と言えば良いのか?
チームが蔵元で、選手が蔵人。
同じチームで同じ選手なのに、新しい監督が来たらガラっと変わったって事があるように、
同じ酒造で同じ米で作っても杜氏が変わると全然違うものが出来るらしい。
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さて、そのカリスマ的杜氏がこの人青木卓夫さん。
なるほど「渋い!」って叫びたくなるような方ですね。
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蔵の前での蔵人との写真もなんかドラマのスチールのよう、、、。(笑)

というわけで京都のご報告これにて終了。付き合ってくれておおきに。
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ほな、風邪引かんよう湯豆腐でも食べてあったまってや、ほっこりな。
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2011年12月15日

賀茂川

 両親が健在だった頃は五月の連休には必ず静岡に帰省した。しらすと桜海老の新鮮な季節で、とりわけ生しらすは東京ではなかなかありつけないしろもので、生しらすをいただく時はなぜかサントリーの角壜の水割りをのんだ。
 普段ウイスキーの水割を飲む事は全くないのだが、ある時静岡の事を思い出して東京でも水割を飲んでみた。しかし、これが全然美味しくない。何故か静岡の時と違う。
 しばし考えたが、答えは簡単だった。
つまり水割りというものは三割くらいがお酒で七割くらいは水と氷なのだ。お酒は同じなんだけど東京と静岡では水が違うという事なのだ。
子供の頃はあれが日常なので気がつかなかったけど、故郷は水が旨いのだ。
近年磯自慢を始めとする人気の日本酒があの辺りで作られているが、あれは大井川の豊かな水があっての事とどこかで読んだ。
 考えてみれば、我々が口にするものの殆ど、ご飯もお茶とかコーヒーも、煮物にしても水無しでは始まらない。 水の善し悪しでかなりの部分が決定してしまうのだ。
近年そんなテーマで作られた映画に「マザーウォーター」って映画があった。京都を舞台に豆腐屋とか喫茶店
水割りしか出さないバーとか銭湯なんかが登場する地味な映画だが、生活の基盤に水があるという事を控えめに主張していた。
 
さて、何故その映画の事を思い出したかというと、上賀茂神社から賀茂川に出て四条方面に向かって川原を歩き出した時、どっかで見た風景に出くわした。
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そうか、ここがあの映画のロケ地だったんだ。
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先斗町の辺りの鴨川は何度も見た事はあるが、この辺は建物も控えめで川原の木々が水面に写ってほんときれいだ。
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川幅も広く開放感があってここでジョギングしている京都市民も、思う存分走り回れる犬もほんと幸せそうだ。
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この辺なんかiPodでBGM用意して散歩したらほんまセーヌ川でっせ。
川は土手をコンクリートで塗り固めたら川でなく側溝になる。東京の目黒川なんかもコンクリをはがして元の姿に戻してやれば人も魚も川も喜ぶだろう。
遠い記憶の中の東京は、六十年代の初頭の三軒茶屋の親戚の家の付近の景色だ。
今のキャロットタワーの近くのなんだけど、家の前に北沢の小川が流れていて小さな橋を渡って玄関に入った。
それがいつの間にか生活排水で汚れてドブになり、蓋がされ暗渠となった。小川がコンクリートの棺桶に入れられたのだ。もはや東京はバブルの塔や不格好なテレビ塔を建てても魅力的な町になる事はありえない。
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韓国のソウルで高速道路を壊して、50年ぶりに河川を復活させた話は有名だが。
21世紀は後ろに向かって進む時代なのだ。
「上京する」という言葉の意味が「東京に行く事でなく、京都に行く事」に、いつかそんな日が来るような気がする。
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2011年12月14日

社家町

地価というのは需給関係によって決まる。簡単にいうと人気のある土地は値段が上がり、そうでない場所は下落する。だからその時々の人が何を望むかで地価は変動する。人々が便利を優先すれば駅やコンビニに近い事が価値をもつが、しかし、少し歩いたほうが健康に良いのではという風潮になれば駅近はさほど価値が無くなるかもしれない。
 さて、今までの日本人といえば、利便性ばかりが重要視され急行が止まるとか駅に近いとかにこだわり、その場所が美しいとか風情があるなんて事はあまり地価に反影されなかったような気がする。
というか日常の語彙の中に「情緒」とか「風情」なんて言葉が存在しなかったといってもさしつかえないかもしれない。
豊かさの尺度がいつもFullでMoreな状態。最新の家電とか食べ物に囲まれていさえすればしあわせという。
ただ、そんな日本人のマインドにも少なからずも変化が訪れているような気がする。
近頃よく耳にする「断捨利」とか「ダイエット」なんていう言葉には「腹一杯」より多少なりとも「美」を優先しようという意思が感じられる。Moreも良いけどLessも良い。足し算も良いけど引き算も良いというふうに変化しつつあるかもしれない。
 これはもしかしてBigとかJumboを良しとするアメリカの影響が薄れて、かつての日本人の中にあった清潔で簡素な美を取り戻したいという願望のあらわれかもしれない、、、。
なんて事を考えたのは上賀茂神社に向かうタクシーの道すがら、やけに新しい家やマンションが目立ったので運転手さんに尋ねたところ、「1割が今までいた人達で9割が新しく移り住んで来た人達ですゥ」という答えが返ってきたからだ。
つまり多くの若いファミリー層がこの土地に引き寄せられているというのだ。理由は「地下鉄にのれば町中へのアクセスも良く町中より空気がきれい」という事らしいのだが、社家町(しゃけまち)と言って神社に使える人達が住んだ社家が点在する上賀茂神社付近はとりわけ不思議な懐かしさと美しさに包まれている。
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神社から流れ出るきれいな水が
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家々の前を流れ、人々は橋を渡って家の玄関に至る。
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流れがカーブした所に立つ大きな楠が風景に変化を与えている。
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ススキと雑草に覆われた橋の家、どうやら廃屋ではなく詫びた野趣の演出のようだ。
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良い感じにエイジングが施されたサーモンピンク(シャケ色)の壁。
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家々の軒先にも魅力的な細部が、、。
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とにかく水の流れる音を聴きながら歩いているだけでしあわせな気持ちに浸れる不思議な魅力をもった
町なのだ。





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2011年12月13日

大原

さて、四条から地下鉄に乗り国際会館前で下車。そこから20分程タクシーに乗ると大原。三千院の入り口脇の温泉宿へ。
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旅館の庭に初雪がちらほら、、、。
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荷物を置いてお茶を飲んでから三千院へ。
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谷崎は四十代の後半に京都に移ってあのエッセイ「陰影礼賛」を書いた。
西日が障子スクリーンに映し出す木の影が墨絵の様。
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紅葉シーズンも終わり団体客もいないので西日が沈んで行く様をのんびりと眺める事が出来る。
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苔の庭。
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配された石のパターン。
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終わりかけた紅葉。
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水の流れるBGMも心地よくじっと佇んでいても飽きる事はない。


「David Bowie Moss Garden」ふと昔聴いた曲を思い出す。
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2011年12月12日

京都+温泉

ヨーロッパや京都のような町はただ歩いているだけで楽しい。でも宿に帰って歩き疲れた身体を温泉でリフレッシュ。などという願望は叶えられる事はない。一方、日本の温泉町は温泉自体は素晴しくても、一旦宿を出ると寂れたスナックとか射的などひたすら廃虚化一歩手前の風景に出くわし、いそいそと退散する事しばしば、、、。
 さて、「京都+温泉」という理想のパターンはないものかと、試しにパソコンを叩いてみたらこれがあった。
京都の町中から山の方へ行った所。嵐山とか大原の辺りに幾つか温泉が点在してた。やはり「京都+温泉」という希望は多いのだろう。ここ何年かで幾つかの旅館が共同出資して地面を掘ったのだそうだ。温泉としての歴史も知名度も浅い訳だから温泉自体に過度の期待は出来ない。でも、温泉は素晴しいが御飯がまづい、付近が廃虚というパターンよりは絶対良い。
 てなわけで、先週末いきなり京都に行って来た。井の頭線を渋谷で山の手線に乗り換え品川でのぞみに乗れば後はうたたねをしている内に着いてしまう。ほんと早いのだ。朝八時に出れば午前中の内に京都。
さて、京都駅から地下鉄に乗ったがどっかでランチっていう事で大丸の近くで降りる。
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェラ薬局の支店がやってるカフェへ。いきなり行ったので一時間待ちと言われた。薬局の方に荷物をあづかってもらって近くの錦市場をぶらぶら。
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漬け物。おでんだね。味噌。生麩。包丁や鍋。などなど。食材や雑貨を眺めているだけで全然飽きる事はない。
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こんな風に試食用の食材が所狭しと並べられて「食べなはれ」と勧められる。気をつけないとこれだけでご飯前にお腹一杯になりそう。

さて、サンタ・マリア・ノヴェラ薬局の京野菜を使った軽めのイタリアンのランチ。
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かぶのポタージュ。
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京都の冬といったら蕪蒸しってくらいで、前菜にも何種類かのかぶが、、、。
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白菜のカルボナーラ。
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プティトマトの上に乗っているおこげがユニーク。
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ドルチ。
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でもなんとっても一番美味しいのはタマネギを練り込んだフォッカチャ。
てなわけで、続きはまた。
posted by 新策論 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする